大河津分水路の工事

  • 2016.11.30 Wednesday
  • 10:48

 

 

 

大河津分水路の歴史

  • 1716(享保元年)〜1735(享保20年)本間屋数右衛門、河合某らが大河津分水建設を幕府に願い出たが、許可されなかった。
  • 1870(明治3年)大河津分水工事が始められたが、明治8年(1875)年に中止。
  • 1896(明治29年)7月22日 信濃川で水害「横田切れ」が起こる。
  • 1909(明治42年)大河津分水工事が再開。
  • 1922(大正11年)8月25日 大河津分水通水。
  • 1927(昭和2年)6月24日 大河津分水の自在堰が壊れて大きな被害を受ける。補修工事を開始。
  • 1931(昭和6年)6月20日 自在堰に代わる可動堰が完成。補修工事が完成する。
  • 1982(昭和57年)9月13日 大河津で観測史上最高水位(16.23m)を記録。洗堰で漏水。
  • 1996(平成8年)新洗堰本体工事に着手。
  • 2000(平成12年)5月29日 新洗堰通水。
  • 2002(平成14年)洗堰周辺整備工事が竣功。旧洗堰が登録有形文化財に登録される。4月18日 信濃川大河津資料館がリニューアルオープン。
  • 2003(平成15年)可動堰改築事業に着手。

明治〜大正〜昭和〜平成と、一世紀半にわたる期間を通じて、信濃川分水路工事は行われています。

資料館に見学に行くと、写真や展示物でその詳細を見ることができます。

信濃川大河津資料館 〒959−0124 新潟県燕市五千石 (旧分水町五千石)
TEL(0256)97-2195  FAX(0256)97-2196
e-mail

その中で気に入っているのは、昭和初期の工事と思いますがバケットホイールエクスカベーターです。ドイツ製だったと思いますが、その後新潟鐵工所?でも同形機種を開発して活躍したようです。但し原動機は蒸気機関です。レールを使った横移動のみでしたが、画期的な作業量だったでしょう。

過去に横須賀の工事現場で見かけたことはありましたが、それほど興味はありませんでしたが、

と、海を埋め立てて造成された空港は、その土砂の運搬に船舶を利用するわけですが、積出港まではこれと似たような方式で行われていました。

  • 道路通行に支障を来さない。
  • 地域住民への環境悪化が比較的生じない。
  • 24時間作業ができるので、工期が短縮できる=低コストが可能になる。

等のメリットがあるわけです。

東日本大震災の津波被災地でも、かさ上げ工事がこのような機械が導入されて、トラックに頼らないエコな工法がとられているようです。

陸前高田かさあげ工事 

  • 有名な「奇跡の一本松」のほど近く。岩手県陸前高田市の中心、高田地区には、全長3キロものベルトコンベヤーが空を覆うほどに張り巡らされている。
  • 事業費はなんと約1100億円。地権者は約2200人のため、単純計算で1世帯あたり約5000万円もの造成費がかかっている。しかし、この巨額投資で生まれる町の持続可能性には疑問符がつきまとう。
  • 人口2万4000人の陸前高田市では、震災で約1800人が犠牲になった。住宅約8200戸のうち、約4割にあたる約3400戸が被災。いまも約1600世帯が仮設住宅で暮らす。区画整理の最大の目的は住宅再建だ。
  • この工事を請け負ったのは独立行政法人都市再生機構だったように記憶しているが?国土交通省所管だから、建設業免許位持っているか???・・・・・

バケットホイールエクスカベーター

 

 

 

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